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記憶の始まり

太陽がまぶしかった。いつもの目線ではないから。都電の線路がぎらぎらと陽光に照らされて、おじいちゃんの肩車。高い。高い。世界が高い。身長80センチ程のの華奢な女の子が2メートルの世界を見渡している。おじいちゃんの背中は安心の場所。私の2本の足を温かくて無骨な手がしっかりと支えてくれていたから。私はその年期の入った無骨な腕に支えられ、その高い場所から信濃町の都電通りを空を滑るようにおじいちゃんに身をゆだねていた。見慣れた信濃町の景色がゆっさゆっさと眼下に揺れていた。それはおじいちゃんの歩調が私の体に伝わる感覚。おじいちゃんの息遣いと一つになる瞬間。右側が慶応病院で左側は蕎麦屋さんや荒物屋さんや小さな商店街が並んでいた。私は笑っていたと思う。おじいちゃんも笑っていたと思う。私は4歳ぐらいだろうか。おじいちゃんの禿げ頭に手を老いて笑っていたのだと思う。ぺんぺんと禿げ頭をたたいてアハハとのけ反って笑った。おじいちゃんもアハハと笑った。最初の記憶。最初の匂い。都電の線路道を歩きながら、おじいちゃんと私は信濃町の駅を目指していた。そこで省線を眺めるのだ。切符切りの車窓さんがいる小さな木造の駅だった。電車の色は多分茶色だったろう。ただ何十分も眺めていた。停車したり発車したり、まばらな人々が乗り降りしていた。それだけで楽しかった。大好きなおじいちゃんと一緒だったから。剥げて歯の抜けたおじいちゃんだった。 帰りに駅のそばの半畳ほどの駄菓子屋さんでアメリカの小さなガムを一粒買ってもらった。紙を剥くと英語で書かれたポパイの漫画が入っているガムだった。アメリカさんのチュウインガム。たった一粒のチュウインガム。甘い、香りのよい、歯ごたえのあるチュウインガム。よく噛んで舌の先で伸ばしてぷーっと息を吹き込むと大きく大きく膨らむチュウインガム。膨らんで膨らんでパチンと割れた。鼻とほっぺにくっついた。それがおかしくてまたアハハと笑った。

記憶にはないが、沢山のポパイの漫画を持っていたような気がするから、おじいちゃんの肩車は私たち二人の日常だったのだろう。至福の時だった。晴れ渡った清々しい初夏の思い出。

おじちゃんと私の秘密の時間。人通りの少ない信濃町の都電通りで二人だけの思い出は、どこまでも眩しかった。

 


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